コラム 三寒四温

弊社の週刊紙「速報・製パン情報」から、好評の三寒四温をご紹介。
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タンメンと炒飯

弊社は2003年に創業の地「神田」より移転して今年で5年目となりました。その今年も残すところあと7日となり師走の慌しさが身にしみる今日この頃です。
  未だにメインバンクは神田にあるため、私は経理と一緒に久しぶりに神田へ昼時に立ち寄る事となったのですが、サラリーマンの町、神田は5年前と少しも変わっておりませんでした。北口駅前をクネクネと曲がって歩いて2分位の場所に事務所はあったのですが、その両脇に並ぶ小さな飲食店群はほとんどの店が昔の面影を残していました。その中の一軒で、私が事務所に居る時は毎日のように通った"天宝"という中華料理店の薄汚れた赤い暖簾を見ると無性に懐かしく感じられ、暖簾をくぐりました。1時前なので、少しすいたカウンターに腰かけると、懐かしさにびっくりした店主が麺の湯をきりながら「久しぶりーっす」と声を掛けてきました。 "天宝"の客はほとんど一見はいません。多くが馴染みの客で、メニューは30種類位あるのですが、多くの客のオーダーはタンメン、もやしそば、炒飯。この 3品が昼時のオーダーの9割を占める店です。私の一番のお気に入りはタンメンです。炒めずにスープから煮る野菜の味が塩味によく馴染み濃厚な、かつしっかりした野菜とスープに埋もれる麺は少し固めに仕上がった太麺で、歯切れものど越しも抜群です。
  半分程平らげてからラー油をたっぷりとまわしかけて2種類の味を楽しみ、スープを一滴も残さずに完食しました。「ああ、懐かしい味だ。少しも以前と変わっていないね」。「ありがとう!」。店主は女性みたいなハスキーな声でフライパンを振りながら振り返り、顔をクシャクシャにしてうれしそうです。 「炒飯も食べていこうかな」。「アイヨー!」。少し食べ過ぎかもしれませんが、炒飯の味も懐かしくなりましたから。隣の客がおいしそうに食べているし。
  私流"天宝"の炒飯の食べ方
  3分の1はレンゲに半分入れた炒飯をスープに浸して一緒に食べる。3分の1は店特製のウスターソースをかけて食べる。そして残りの3分の1はそのまま食べる。
  涙が出そうな懐かしい味がよみがえってきました。どんぶりを渡してからカウンターを布巾でふいて残りの水を飲み干し勘定をする。まったく昔とスタイルは変わりません。最近では「チェンジ」がもてはやされますが「変わらない」のも良いものですね。
  皆様、良いお年を。


メリークリスマス

 1996年のクリスマス、私は三鷹にある「池の上キリスト教会」にて島津牧師より洗礼を授かりました。ですから、この時期に日曜礼拝で教会に行くと感慨深い思いが胸の内をよぎるのであります。この時より私は"クリスチャン"として新しく生まれ変わり14年の月日を数えます。
  洗礼を授かると必ず"試練"が訪れると言われました。それは突然私に降りかかってきました。最愛の尊敬する母の死でした。アルツハイマーを患っていた母の体調が急変したのです。検査の結果は胃の末期ガンでした。なぜもっと早く見つけてあげられなかったのか、今でも悔やまれてなりません。アルツハイマーの治療しか頭になかったのでしょうか。入院中の救世軍病院から危篤の連絡が入り、家内と急遽病院へ駆けつけました。
  主治医が脈をとり、心電図を凝視しています。救世軍の朝野中将さんが急を聞きつけ、母の枕元で聖書を朗読してくれました。旧約聖書詩編23の一節です。③ 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます。④たとい死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。この瞬間母の心肺がゼロになり停止しました。―中略。⑥まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。私はいつまでも主の家に住まいましょう。この時11時13分。主治医から臨終宣言が下されました。母は安らかに、穏やかに天に召されました。全員溢れる涙が止まりません。この時の母のあまりにも美しい顔を私は生涯忘れる事はないでしょう。そして想い出は消し去る事の出来ない存在としていつまでも心の中に生きています。
  クリスマスが近づくと人々は心が浮き立ちます。私もそうです。でもなぜか一人になると空しさや寂しさを感じる事がありませんか。この一年を振り返り自分を見直してみると恥ずべき行動や後悔が込み上げてきます。天に召された母からのさらなる試練が与えられているようでなりません。
  メリークリスマス。

あげ・だし・豆腐

 今週の日曜日の午後に何気なくスイッチを入れたTVから映し出された映像に久しぶりに私は仰天させられました。 TBSの「噂の東京マガジン」という番組で “平成の常識・やって!TRY”というコーナーがあります。これは料理のテーマを決めて通りすがりの若い女性にその料理をカメラの前で作ってもらうというもので、調理器具や食材は全て整っているのですが、少しひねって、同じに見えるような食材も用意されています。 さて、今日のテーマは「揚げ出し豆腐」。アナウンサーが道行く女性に声をかけて、1人目のチャレンジャーが登場しました。まず手にしたのは豆腐の横に置いてある杏仁豆腐。やおら包丁で切り分け、熱した油の中へ入れました。「ヤダー、溶けてるー!」と悲鳴を上げます。豆腐と杏仁豆腐は同じ大きさで並んでいれば…。でも間違うものなのかなー。 2人目のチャレンジャーは、今度は本当のお豆腐を切り分けましたが、ナ・ン・ト、油揚げを開いて中に詰め始めました。そしてその上にさらに煮干を詰め始めるではありませんか。それを油で揚げて何と言ったと思いますか。彼女は得意満面の口調で、これが「あげ・だし・豆腐よ」。思わず大笑いしてしまいました。まさに〝あげ・だし・豆腐〟です。落語の〝落ち〟の様な超真面目な本当の出来事でした。 先週、私は「おもてなし」についてうんちくを語りましたが、料理すら出来ない若者がコンビニ食で育っているのを見ると食育どころか日本の食文化がどこか違った方面に行ってしまうのではないかと心配でなりません。ちなみにこの〝揚げ出し豆腐〟は10人の人にチャレンジしてもらった結果1人だけ合格でした。

おもてなし

時に、友と酒を飲み、語らい、おいしい料理に舌鼓を打つ。この至福の時を大事にしたいから私はよく友人を自宅に招いて心ばかしのおもてなしをする事を私の〝趣味〟と位置付けています。
  友人をもてなす際、メニューづくりから料理を盛り付ける〝器〟に気を使うのはもちろんの事、肴に合わせた酒やワインを手に取り、訪れる友人の顔を思い浮かべながら吟味して選ぶ時は楽しいひと時となります。創作意欲がグングン沸いてきます。雰囲気作りも大切ですね。会話にうるさくない程度のBGMの選曲、灯りの演出、季節の生花は玄関に活けてから、料理の下準備にかかります。料理に飾る木の芽や四季折々の草花を必ず添えて、お客様の目を楽しませる事には一番気を使います。もちろん全ての料理には渾身の真心をこめて丁寧に調理するのを怠りません。食べにくい一品には隠し包丁を入れたり、美しく見せるための飾り包丁に細心の心配りをするのは当然の事です。そしてもう一つ大事な事があります。料理と、それに合った酒を出すタイミングです。いわゆる「間」というものです。早くてもいけない。遅くてもいけない。もちろん料理と酒のミスマッチなんてとんでもない事態です。「おもてなし」。簡単な様で実は奥が深い。まるで「茶道」のようですね。
  先週「鳥越製粉・第55回経営技術総合研究会」が福岡で行われましたが、講師で食生活ジャーナリストの山本謙治氏が「東京都内に住む単身世帯は50%を突破して今ではスーパーやコンビにでは白菜の一玉売りは姿を消し1/4から1/8サイズまで小分けされて売られているのが現実です」と言われていたのを思い出しました。
  個食化の進んだ現在、〝食〟にこだわる人が少数派を占めている。という山本氏のデータも淋しい限りです。
  料理を作らなくなった家庭が増えて、ケータリングや冷凍食品のそして出来合いの惣菜に少し手を加える〝手料理〟が花盛りの昨今、〝おもてなし〟の方法も様変わりするのでしょうか。日本の〝食〟が心配でなりません。

弊社社長 菅田耕司のコラム


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