コラム 三寒四温

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もう一度のチャンス

くねくねと石畳の道が続く登り坂の両脇には
白い壁に青い扉の木造住宅が立ち並んでいます。
ここはアフリカ大陸、目の前には地中海が広がり
イタリアの“ブーツ”の爪先のあたりが
その先に位置しています。

そう、ここはチュニジアで最も美しい景勝地、
シディ・ブ・サイドです。昨年の11月に訪問しました。

紀元前9世紀に海洋民族のフェニキア人が
都市国家を築きました。それがカルタゴです。
その後ローマに侵略され壊滅しましたが、
わずかな遺跡が残っています。
丘の上から見渡す紺碧の地中海、水平線の上には
美しく青い海が果てしなく広がっています。
古代ローマやフェニキアの人々、
そしてクルーズで寄港してテロに遭遇された方々も
皆この美しい光景を見た事でしょう。

3月19日、チュニスの博物館前でのテロでは
多数の罪なき善良な市民が襲われ
20名以上の死者が出ました。
翌日3月20日には世界各国にある
チュニジア大使主催の独立記念パーティーが
開催される予定でした。
日本でもオークラホテル東京にて
レセプションが予定されていましたが、急遽中止となりました。
テロによりお亡くなりになられた方々の
ご冥福をお祈り申し上げます。


この場所に限らず、世界では古代より戦争によって
殺戮が繰り返し行われ、
現代でも悲惨な戦争が勃発して多くの戦災者が
苦しみに耐えています。

“女は教育を受けてはならぬ”
などとマインドコントロールされた兵士が
数多くの女子学生を誘拐したニュースは、
もはや人間の行為ではありません。
信仰の自由は尊重されるべきですが
間違った解釈による教義の改ざんにより
戦争やテロが頻発している今の世の中は
一触即発の状況ではないでしょうか。

ある大国の指導者の
「核爆弾の使用も選択肢にあった」
という発言をニュースで知った時、
世界中の平和を愛する人々は誰しもが戦慄を覚えた事でしょう。
神が完璧にして完全ならば、
なぜこのような試練がいつまでも繰り返し授けられるのでしょうか。

ジョン・ミルトン氏をご存知でしょうか。
「失楽園」を書いた盲目の作家です。
ミルトンは自分の胸中を
一人の闘牛士を通して本にしました。

それは私の愛読書「楽園の回復・闘牛士サムソン」です。

その中の一文は、ミルトンが投げかけた
未来への啓示ではないでしょうか。


 これら一切の侮辱は
 おまえの民から与えられたものだが、
 私はこの禍、いやこれ以上の禍に値し
 しかも神が義の心で授け賜いしものと認める

 だが神の最後の赦しに望みをつなぐ
 彼の耳は常に開き
 目は恵みに満ち、祈(ね)ぎ奉るものを赦したもう

                     (新井明 訳/大修館書店)


失明という絶望の淵から神より選ばれた闘牛士サムソン。
それは平和・愛・希望といった
人間の目には見えない
“もう一つの光”の事かもしれません。

人類にもう一度チャンスをくれる事を、今は祈るばかりです。
.

良心の呵責

私は大学3年生になった時、生涯初めてのアルバイトをしました。

週に3回、ランチタイムの11時から2時まで3時間のシフトでした。ご存知のように3、4年生は単位を計算しながら自分の裁量で授業を選べるので、なんというか……もっと女の子と仲良くなりたいというスケベ根性で友人と2人で決めました。ちなみに友人は学内でも有名な美男子で、おまけに良家の一人息子。
(よくモテたのに、またなんで?)

カフェテリア。
今ではお洒落な街にはどこでも見かけますよね。代官山や表参道あたりでは街路樹からの木漏れ陽を浴びながら、ガーデンテラスでお茶するトレンディなお嬢さんがお洒落過ぎて私などはなかなか入店する勇気がありません。

そのお店は新宿駅ビル地下1階の飲食街にありました。今はファッション街に様がわりして面影はどこにもありませんが、確かに私がアルバイトをしたカフェテリアがありました。
(アー、店名が思い出せない!)

友人と二人揃って採用されると彼はウエーター、そして私はキッチンに配属されました。

「俺だってウエーターを志望したのに、なんてこった。でも仕方ないか」

なんてふてくされながらも覚えたオムライスは今でも私の得意料理の一品です。形よくフワフワの卵にくるまれたチキンライスの脇には大ぶりのパセリが一束添えられます。よく出るドリンクはソーダ水。缶詰の赤いチェリーを1つ入れるのがミソで、見た目にも美しいですよね。

しかしそのパセリとチェリー、2つのアイキャッチが問題なのです。キッチンのバイトは洗い場も兼ねるのでオムライスの皿やソーダ水のコップも私が洗うのですが、必ずといっていいほどに、ほとんどのパセリとチェリーは手つかずで下げられます。

「あー、また罪な事をしなければならないな、まったく」

実はバイト初日に店長からの訓辞で

“パセリとチェリーは見た目が綺麗だったら、洗って再利用してください”

とのお達しがありました。今だったら衛生管理や偽装などにかかわる大問題ですよね。ですから、いつぞやの“囁き女将”の記者会見のニュースは苦々しく観ていました。

結局私は一緒に入った友人とともに、1カ月足らずでその店を辞めました。それでも、なぜすぐには辞めずに続けたのかって? 若い僕らの良心の呵責は、その程度だったのでしょう。戦後70年の中にあって戦後生まれの私達は時代に流されました。

そんな中、楽しみは2時上がりの昼食です。自慢のオムライスを社割で食べる事、もちろんパセリとソーダ水のチェリーには手を付けません。今でも続く習慣ですからトラウマになっているのでしょう。そうそう、店の前の支那そば屋で食べる醤油ラーメンもおいしかったなー。ナルトが2切れも入っていたのです。残念ながらこちらの店名も思い出せません。

「私に過去の良心をくれるなら、
 あなたには未来の栄光を差し上げましょう」


って、何を言っているんだか。未だにこりゃ、さいなまれているな。

.

支えの輪

2015年3月11日。

今日であの忌まわしい東日本大震災から4年目に入りました。私達はあの未曽有の災害を決して忘れてはなりません。いえ、忘れることはないでしょう。ですから生かされた私達は、少しずつですが復興のために協力をしてきました。そしてこれからも微力ながら続けていければと思います。

公益社団法人助け合いジャパンは東日本大震災での経験をもとに、次の“もしも”への準備のために日々の防災活動を広める活動と民間の防災ネットワークづくりを進めています。“桜ライン311”は岩手県陸前高田市内の約170キロにわたる津波の到達ラインに桜の木を植える活動をしています。ラインに沿った桜並木より上に避難するように後世の人々に伝承するために、そして東日本大震災復興支援財団は福島の未来を支える子供たちの成長を支援する“福島こどもプロジェクト”を立ち上げました。

まだまだ他にも数多くの素晴らしい支援プロジェクトが立ち上げられて、しかも世界の国々からの支援の輪は未だに広がりを続けています。

2月25日皇居前のパレスホテルに於いて、クウェート国の第54回ナショナルデーが開催されました。パーティーの冒頭、アブドル・ラフマーン・アル・オタイビ駐日クェート国特命全権大使は

「普段の努力と誠実な姿勢が、ますます発展し続ける我々両国の関係の基礎を成しております」

と日本・クウェート友好協会に感謝を述べ、日本と誠実なる友好関係にあることをアピールしました。クウェート国は東日本大震災のすぐ後に、500万バレルの原油を原資とした募金を活用して、甚大な被害を受けながら3年を経て完全復活を果たした三陸鉄道の駅舎や線路の復興と新型車両の導入にこの募金の一部が活用されたことをご存知でしょうか。500万バレルの原油は当時の為替レートで約5億ドル、日本円にして400億円相当になります。他にも津波の被害を受けた福島県いわき市の海洋科学館アクアマリンふくしまには、さらにクウェート国からの3億円の寄附で、5千平方メートルの規模を有する友好記念日本庭園が竣工しました。

4年をかけてゼロから作り上げた被災地の復旧企業は74%にも上ったそうです。女川の宅地構想は若い人たちが中心となって創り上げ、今まさに着工が始まったと聞きます。ここでもクウェート国の募金が活用されています。

私はこれらの活動を目の当たりにして実感したことがひとつあります。それは

「恐れることとは何もしないこと。ともかく前へ進むこと」

一日も早く被災された全ての方々の笑顔が日常に見られる日を願いながら。

銀ピカ

マナーの悪い人をよく見かけます。

という私もその中のひとりなのは間違いない事実であります。そのマナーの悪さのひとつの典型としてタバコによる煙害は、喫煙を止めて初めて周りの人に迷惑をかけていたことに気付かされました。寿司屋のカウンターでの一服、ヘビースモーカーが隣にいたら、あなたならどうします? 喫煙可の寿司屋も寿司屋ですが、周りにはタバコを吸わない人や子供のお客さんもいます。五年前迄、私は他の人に気を遣うどころか、傍若無人に煙の暴力を振りまいていたのです。ですから今は、禁煙の飲食店を選んで行くようにしていますが、「よく言うよ!」と笑われます。申し訳ございません!

歩道を歩いているのに、後ろから自転車のベルがチリンチリンと聞こえると腹が立ちます。以前はわざとよけないでいましたが、ケンカでも売られたら大変なので今はしぶしぶ避けることにしています。

先月、踏切を歩いていた時に、後ろのタクシーにクラクションをならされて、一瞬足がすくんでしまいました。タンを平気ではく人、スマホをいじりながら人にぶつかっても「すいません」の一言もない人。歩きタバコで火がついたまま投げ捨てる人。幼子を抱いたお母さんが立っていても席を譲ろうとしない、シルバーシートに座っている若者。「なんて東京はマナーの悪い人が多いのだろうか」。そんな嫌な気持ちをたくさん味わった日、リハビリに通っているジムに行った時のことです。私は美しい光景に出会いました。きらりと光り輝くそのマナーに。

ランニングマシーンで軽く30分歩いて汗をかいてからスチームバスに入り、後はシャワー、身体を拭いてから綿棒をとりに洗面所へ行った時のことです。腰にタオルを巻いた外国人のメンバーさんが、使用した洗面台の周りを隅々までペーパータオルでふき取り、銀色の蛇口のレバーを真っすぐに直してから水滴をさらに拭き上げ、首を左右に振ってゆがみがないか確認してから出ていきました。一瞬のその出来事は私の心を強く打ちました。その人が去ってから確認してみると、銀ピカの蛇口に光り輝く洗面台。「ああ、何て美しい洗面台なんだろう」。几帳面といえばそれで終わりですが、次に使う人は気持ちのよいことでしょう。

それからは洗面台の回りを拭いて取っ手の汚れも拭いて、さらに取っ手を真っすぐにする癖がつきました。美しいマナーの連鎖が広がるといいですね。そう言えば「さっとひと拭き、気持ちの良いものです」と洗面台の鏡の下に書いてあるのはどこでしたっけ?(あー、思い出せない!)

春一番

杉並の下高井戸に引っ越してきてから4年目を迎えたのに、ご近所さんとのお付き合いがなかなか叶いません。と、思っていたら家内が、ここいら近辺ではかなり有名人となっていたのには驚かされました。それもそのはず、毎日早朝と夕方に1時間ほど、雨の日も雪の日も台風が来ていたって、愛犬の散歩を欠かさないのです。ですから散歩で行き交えば愛犬家同士のお付き合いから犬好きの人、学校帰りの小学生ともすぐ仲良くなって、時にはご近所を徘徊していたおばあちゃんと一緒に散歩してお宅まで送り届けたり。

毎日、愛犬と散歩するのが日課とはいえ、好きでなくては出来ないことです。という訳でたまに私が愛犬と散歩していると

「あら、リュウリュウちゃん?」

なんて声をかけられて

「ご主人様ですか? 奥様、お加減でも……」

と声をかけてくれる人達に

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

と、頭を下げる始末です。

でも、そんな家内のおかげで若い大手商社マンご一家や、元全日本の男子バレーボール選手、超大手のモデル事務所の社長ご夫妻、某有名女優と作曲家のご夫婦などと友達になり、私達の自宅に呼んだり、お宅に招かれたり、それはゝとても良いご近所付き合いができるようになりました。

「あなた、ちょっと来て」

と、家の裏手に連れて行かれた時

「あ、GTRだ! それも25年前に私が乗っていた型と同じだよ! 懐かしいね」

するとガレージ脇の玄関からご夫妻が現れて

「リュウリュウちゃん、こんにちは」

と頭を撫でながら挨拶をしてくれました。こちらのお宅ではラブラドールを飼っています。尾っぽをちぎれんばかりに振りながら一緒に出てきました。ご主人は若くしてIT企業を起業されているとか。大事に大事
に愛車のGTRに乗っているそうです。私のGTRは無謀運転の末に2年目に横転事故を起こして全損してスクラップになってしまいました。それからはおとなしい車を選んでいます。ところで、このITマンの名前がいまだに覚えられずに「GTR」と呼んでいます(失礼)。


いろいろな分野の人との出会いがあってワイングラスを傾けながら話が弾むと、時間があっという間に過ぎるのは楽しい証ですね。2015年を迎えてからは毎日があっという間に過ぎるのも、毎日が楽しいこと
ばかりだからでしょう

春一番が吹きました。いよいよ春ですね。

MISSING POST OFFICE

歳を重ねて身体のあちらこちらが悲鳴を上げています。物事をよく忘れます。涙もろくなります。そして遠い昔を思い出すことが多くなります。時にそれは夢にまで現れます。

つい最近のことです。愛犬を連れて玉川上水道の夜道を散歩していたときに今、まさに天に昇ろうとしている、それはもう大きなおおきな満月のお月様が明るく目の前に現れました。夜空を見上げれば無数の星がまるで互いに合図を送って話合っているかのようにチカチカと光り輝いていました。

幼い頃に母に教えられたことを思い出します。
「あの星はおじいちゃんやおばあちゃんなのよ。そして生きている私達を見守ってくれているのよ」

「お袋! ごめんね」
私は星を見上げながら心の中で謝りました。なぜか涙がこみ上げてきます。どれだけ親不孝をしてきたのでしょうか。そんなときにTVのワイドショーで目にしたのが漂流郵便局の存在でした。ネットで調べて宛先を知り、今までの不肖な馬鹿息子だった私の懺悔をハガキに綴り、さっそく母宛てに送りました。漂流する私のハガキが天国まで届くことを祈りながら。皆さんにもお教えします。それはこんなところです。

「『漂流郵便局(MISSING POST OFFICE)』は、瀬戸内にあるスクリュー型の小さな島、粟島のちょうどおへその部分にあります。ここにはかつてたくさんの物、車、人が流れ着きました。こちらは届け先のわからない手紙を受け付ける郵便局であり、“漂流郵便局留”という形で、いつか宛先不明の存在に届くまで漂流私書箱に手紙を漂わせて預かっています。過去/現在/未来。モノ/コト/ヒト。何宛でも受け付けます。いつか、どこかのだれか宛の手紙が、いつかここにやってくるあなたに流れ着く―――」

このようにホームページに主旨が書かれていました。親孝行をしたくても今はもうかないません。せめて祈って前に進んで生きていかなければ、と私らしくない感情にひたるのも、やはり歳を重ねたからかもしれません。まだ67歳なのに。ですからこれからの一年々は、“懺悔”と共に生きるのですね。天からの母の愛を受けながら。

弊社社長 菅田耕司のコラム


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