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コラム 三寒四温

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赤い靴

 「今朝は機嫌がいいのね」と家内。車を運転中にふと口ずさんでいた〝赤い靴〟、いつのまにか2人して歌ってしまいました。
  赤い靴(くつ) はいてた 女の子
  異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった
「そうか!昨日読んだ町内誌に赤い靴の話をデカデカと書いてあったなぁ。」それでいきなり頭に思い浮かんだのか、とかくこのようなことはいつもあるものです。「赤い靴の主人公の名前は〝きみちゃん〟て言うの知っていた?」「知らないわ」と、素気ない家内。「野口雨情っていう人が作詞したんだけど」「それは知っているわ。ボンヤリと一番だけ、確か2番は横浜の埠頭(はとば)から汽船(ふね)に乗って行っちゃうのよね」
 〝きみちゃん〟の未婚の母は北海道へ開拓民として渡り結婚するのですが、3歳の〝きみちゃん〟にとっては厳しい過酷な生活を案じて、母はアメリカ人宣教師に養女として〝きみちゃん〟を託しました。その後、母は〝きみちゃん〟と会うこともなく只々彼女を思いながら北海道の開拓地で生涯をとじたのですが、この話を知った野口雨情が母親の切ない思いを込めて書いたのが、この名曲「赤い靴」です。
 実は、私は初めて知った事実があります。町内会誌を読んで、そして、ネットで調べて、〝きみちゃん〟は外国へは行っていなかったこと。6歳の時に結核にかかった〝きみちゃん〟は麻布の鳥居坂教会の孤児院へ授けられ、そして9歳で亡くなりました。お母さんは知る由もありません。野口雨情もこの事実は知らなかったようで、知っていたらこの名曲は世に出ることはなかったでしょう。厳しい開拓地より遠く海の彼方を見ながら宣教師と一緒に外国に行ったであろう〝きみちゃん〟を想う歌詞が心をうたれます。歌詞の4番は切なく悲しく、胸が詰まります。
 赤い靴 見るたび 考える
 異人さんに 逢(あ)うたび 考える
 2011年、今年が〝きみちゃん〟の没後百年だそうで〝きみちゃん〟の短く、悲しい生涯から親子、家族の絆、子供の人生を皆で考えようという輪を広げる運動が麻布から発信されています。鳥居坂公園の〝きみちゃん像〟を見てきました。「〝きみちゃん〟にお腹いっぱいに美味しいパンを食べさせてあげたかったね」「うん…」

弊社社長 菅田耕司のコラム


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