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コラム 三寒四温

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さようなら中川昭一さん

 オーストリアの首都、ウィーンのホテルに宿泊していた私の部屋に午前2時30分、静寂を打ち消す携帯の着信音が鳴り響いた。「ハイ」。気だるい声で応答する私に相手先の悲痛な気持ちが伝わってくる。「中川昭一さんが亡くなられましたよ」その重い声の主は"高円寺さぬきや"の若主人近藤君だった。この店を中川さんはこよなく愛していた。3年程前に私が紹介して以来、多い時では月2回も足しげく通ってくれていたものである。「エッ!今、なんて言ったの?」これは夢なのか。携帯を切って部屋を見回すと勝手が違う。そうだここはウィーンなんだ、決して夢ではないぞ。大変な事になった。となりのベッドで寝ていた家内も事の重大さに気付き「本当なの?」と顔をしかめる。すぐに次の電話がかかって来た。モスクワからだ。沈んだ声で「聞いたかい、とても残念だね」前駐日モロッコ大使のレシェヘブ氏だ。レシェヘブ氏は今年の4月よりロシア大使としてモスクワに赴任している。昨秋、神楽坂の大使公邸にて中川ご夫妻をお迎えしてご一緒にディナーをいただいた時の楽しい想い出が頭をよぎる。趣味の事、国政の事、中川さんがライフワークで取り組んでいる"水"の問題など、大いにその豊富な知識に圧倒され、時が経つのを忘れる程であった。
  「知っているかい」「まっ先に知らせようと思って」「悲しいね。日本の損失だよ」次々と寄せられる中川さんの訃報にウィーンのとばりも明けてゆく。 
  8月中旬に帯広の選対事務所開きに駆けつけて、その夜、共に寿司を食べながら「明日の日本」について3時間にわたって熱く語ってくれた中川さん。これが最後の晩餐になるとは。
  しらじらと夜が明けた頃、ケニアのナイロビから電話がかかる。前駐日ケニア大使のアオリさんからだ。3年前、中川さんが農水大臣だった時に私も一緒にお供をしてケニアへ行った時のエピソードを感慨深く想い出してくれた。中川大臣は、精力的に分刻みで公務をこなし、官僚からの信頼も厚く、頭脳明晰、真実一路、まさに実力ナンバー1の政治家でありました。
  欧州視察の日程を一日繰り上げて、10月9日、成田より駆けつけた告別式場に飾られた大きな遺影に、こみ上げてくるものを抑えられなかったのは、参列者全員ではなかったでしょうか。サヨウナラ、偉大な政治家であった中川昭一さん。私達は決して忘れる事はないでしょう。どうか天国にて私達をお見守り下さい。

弊社社長 菅田耕司のコラム


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